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知覚のはたらき

 

物を見る:物体知覚 Object Perception

 私たちは、身の回りの事物や自分の状態を知ることによって、環境に適応的に生活しています。道を歩いていて、自動車が自分に近いづいて来ることに気がつけば、適切にその車を避けて道端によるでしょう。そこでは、自動車と自分の位置関係、自動車の速度を知覚することや、この後どのように状況が変化するかが予測されて、適切な行動に結びつけられます。このような知覚のはたらきは、一般に「物体の知覚 Object Perception」と呼ばれています。

 人間の意識は、しばしばこの「物体」の水準で生まれます。この点は、他の生物、例えば昆虫やカエルなどが単純な光や動きに反応することと比べると大きな違いです。また、サルなどの高度に進化した脳を持つ生物は、人間と同じような物体の知覚がある程度可能ですが、人間の場合には、物体の意味、たとえば「救急車が近づいて来る」という「意味」を知覚します。その知覚は、しばしば言語的な意味として意識されて、さらに記憶され、推論を導きます。このように、身の回りの物体を知覚し、さらに意味を理解する点で、人間の知覚のはたらきは、独特の特徴を持っていると言えるのです。

 

私たちの身の回りの環境:遮蔽 Occlusion

 人間の知覚は、身の回りの世界の様々な規則性を利用して、効率的に働いています。近づいて来る自動車の速度と距離は、外界のいくつかの手がかり、例えば地面と自動車の関係や、道端の木々や道路の規則性、さらには2つの眼でとらえられる奥行き距離の手がかり(両眼視差と言います)などを使って瞬時に知覚されます。このような規則性は、地球上の物理的な環境で、2つの眼を持った生物としての人間が、進化の過程で利用するようになったものと考えられています。

 外界の規則性の中で、物体の知覚にとって重要な手がかりとして、物体同士の重なり、「遮蔽 Occlusion」を取り上げてみましょう。私たちの身の回りの物体はその周囲との間に不連続な「縁 Edge」を持っており、この縁によって背景から分離されています。例えば、机の上のリンゴは、机の面との間で不連続な縁によって分離されています。机の面の一部は、りんごの縁によって遮られて(遮蔽されて)います。さらにリンゴの縁はリンゴの前にコップがあれば、さらにコップによって遮蔽されます。 このような遮蔽関係のよる重なりは、身の回りでは常に生じており、すべての物体が全く遮蔽関係を持たずに個々に存在することは滅多にありません。

 遮蔽は、このように人間を取りまく環境にほとんど常に存在するので、物体を知覚するために有効な手がかりとなります。しかし、一方で、遮蔽された物体は、その一部が隠されてしまいますので、それが何なのかを知覚することが難しくなります。そこで、人間の知覚のはたらきは、遮蔽された物体を補完 Completion (補間 Interpolation とも言います)して、1つの物体であると知覚することを可能にします。補完が成立すると、バラバラの縁は統合されて、「群化 Grouping 」が生まれます(Figure 1)。遮蔽関係を見つけるために知覚システムが利用する手がかり(視覚的特徴)には、特殊な縁の接し方(ジャンクション)があると考えられています(Figure 2)。

​(知覚のはたらき2)

Figure 1. 補間と群化。(a) では補間が成立しないが、(b)では補間よって「心」を読むことができる(鵜沼、長谷川、ケルマン、2010)。

Figure 2. 縁(Egde)とジャンクション(鵜沼、長谷川、ケルマン、2010)。ジャンクションが遮蔽関係を示すので、矢印のエッジ(縁)は黒楕円に属し、灰色円が補完される(下左図)。欠けた円盤には見えない(下右図)。

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