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学習と知覚

 

経験と行動

 私たちは、日常生活の中で様々の出来事を経験します。その結果、私たちの行動は、それまでとは異なる方向に変化(変容)することがあります。初めて自転車に乗ったとき、私たちはなかなかうまく乗りこなすことができません。しかし練習を重ねることで、ある時、自分が倒れないで乗っていることに気がついた経験をした人も多いことでしょう。このような変化は、学習心理学(Psychology of Learning)の領域で研究されてきました。

 学習の問題は、心理学の中で最も論争の多いテーマと言えるかもしれません。古くは行動主義(Behaviorism)の研究者達が動物実験を中心とした実験結果をもとに人間の学習を論じてきました。現在でも行動分析(Behavior Analysis)の研究は、興味深い議論を提供しています。これに対して、1960年代以降、認知心理学(Cognitive Psychology)の発展は、行動主義とは異なる学習の捉え方を提案してきました。それは情報の処理という理論的な枠組みで学習を捉え直そうという試みでした。80年代後半以降では、新たに状況論(situative perspective)と呼ばれる立場からの議論も、これらに加わりました。このサイトでは、方法論や理論的な問題の議論はひとまず先送りして、学習の様々なとらえ方に触れながら、私たちの研究が問題にしてきた、学習と知覚のはたらきの関係を中心に紹介します。その中で、私たちの学習についての新たな考えも示されて行くことになるでしょう。

 

分化か豊富化か:Differentiation or Enrichment

 人間が新たな行動を獲得する場合に、何が変化するのでしょうか。例えば、新たに外国語を学ぶ場合を考えて見ましょう。取り上げられる行動の変化は、それまで読めなかった外国語の文章が読める、聞き取れなかった言葉が聞き取れて会話ができる、というような変化でしょう。心理学が問題としたいのは、なぜそのような行動の変化が生じたのか、あるいは、なぜ生じないのか、についての説明です。

 一つの説明は、その外国語の知識(語彙、文法、など)が実際の状況(本を読む、会話をする)で有効に使われるようになったからである、というものでしょう。知識を強調するにせよ、また状況との関わりを重視するにせよ、この説明は基本的に受け入れやすいものと言えるでしょう。そこでは、経験が何らかの形(個人、集団)で蓄積されて、その結果、個人の行動が変化したととらえられています。例えば、認知心理学は、単語や文法の知識と特定の技能が記憶に蓄積されて、その結果、外国語が読める、話せるようになったと説明するでしょう。

 しかし、この説明は学習のもう一つの重要な側面を軽視していると私たちは考えています。上の説明は、何を学習したのか、どのように学習したのか、という点で極めて不十分な説明をしていると思われます。もし、単語や文法の知識が学習を規定するならば、多くの単語や文例を記憶すれば話せるようになるのでしょうか。また、状況に応じた練習が重要だとするならば、繰り返し状況に身をおくことで何が変化するのでしょうか。単にある経験を反復、蓄積することによって学習が成立すると考えるアプローチは、人間が何をどのように学習するかについて答えていないと思われます。

 私たちの研究は、学習がその課題の解決に必要な情報を発見し、その処理を自動化することによって成立することを示唆しています。すでにギブソンら(Gibson, J.J.,& Gibson, E.J., 1955)は、学習における「分化 differentiation」と「豊富化 enrichment」を区別して、知識や経験の蓄積による学習の説明を豊富化説(Enrichment Theory)と呼んで批判していました。Gibsonらが主張した学習のメカニズムは、課題の遂行に必要な情報を、不要な情報から区別すること、すなわち分化することを基礎とするものでした。その後、古典的な名著である 「知覚学習と発達の原理」(Gibson ,E. J.,1969)では、実際に幼児や児童の学習について実験や観察を行って、彼らの説を検証しています。現在、知覚学習(Perceptual Learning)と呼ばれるこの学習の研究は、より具体的なモデル化と実践的な展開を見せています(Goldstone,1998; Kellman,2002; Kellman et al., 2008; Petrov, Dosher, & Lu,2005; 鵜沼・長谷川、2012)。

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