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表情の認知

 人間がどうして他人の表情を(ほぼ)正確に認知できるのでしょうか。表出された他者の表情から、表情についての規則性が抽出されて、特定のカテゴリーの表情としての知覚が成立していると考えられます。それでは、その規則性とは具体的にどのようなものでしょうか。また、その規則性とはエクマンらが言うように普遍的なものなのでしょうか。このような問題に答えようとする時、表情の知覚・認知(この2つの用語の区別は相対的なもので、知識や推論がより大きな役割を果たすと考えられる時に認知という言葉が使われます)は人間独特の心のはたらきであることが明らかになるでしょう。現在、表情や顔の認知(知覚)が認知心理学の中で最も注目されるテーマの一つである理由は、それが人間の社会的な行動に直接関連すると同時に、多くの情報(手掛かり)とそれらの間の関係に基づきながら、結果として人間に繊細な感情の経験をもたらしている、という現象が興味深いからです。

 表情の認知を可能にしているのは、脳研究が指摘するように表情・感情の表出を担っている扁桃体を中心とするシステムのはたらきと考えられます。例えば、「恐れ」という感情を表出している顔を見た観察者は、相手の顔面の視覚情報から「恐れ」についての手がかりを抽出して、(表出と認知に共通する扁桃体システムのはたらきによって)それを恐れと認知することになります。エクマンらの一連の研究は、具体的にどのように表情の表出が行われるのかを詳細に分析したものでした。これに対して、それらの表出された表情から、それを見た人間がどのようにして表情を知覚するのかは、別に検討されなければならない問題です。

 そこで私たちは、表出された表情の中のどのような視覚情報が特定の感情の知覚を可能にするのかを実験によって検討しました(Hasegawa & Unuma, 2010)。眉毛や目、口、鼻などの視覚的特徴を実験的に操作して、観察者にどのように知覚されるのかを測定しました。その結果、観察者は「悲しみ」や「怒り」の表情ごとに視覚特徴の間の関係を異なる重みづけで統合して感情を知覚していることが示されました。また、その統合の規則性を具体的な数学的モデルで示すことができました。この結果は、表情の知覚が顔面の要素的な視覚特徴ではなく、それらの関係によって可能になること、さらに表情カテゴリーによってその規則性はまったく異なることを示唆しています。このような規則性を利用すれば、マンガやアニメーションのように感情が実在しない材料でも、見た人に表情(感情)を認知させることができます(Figure 1)。

(2018/05/05 Hideyuki UNUMA)

Figure 1. 図式的な顔で知覚される感情。視覚的な特徴の間の関係を操作することで、見た人に特定の感情を特定の強さで知覚させることができる(Hasegawa & Unuma, 2010)。

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